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歴史(日清戦争)らへんタイトルNO.68045
    ed 11/24(月) 17:45 IP:122.20.152.140 削除依頼
歴史に詳しい方お願いします(^-^*)
↓のは教科書の一部なんですが,,

朝鮮政府が清に出兵を求めると、
戦争の準備をすすめていた日本も、
清との条約を理由に出兵し
、日清戦争がおこりました.

↑の文章なんですが
朝鮮は[(甲午農民戦争のせいで)朝鮮が荒れている
から鎮圧してくれ]と清に頼んだんですよね??
それなのになぜ日本と清は戦争しないと
いけないんですか??
あと;条約を理由;ってのは何のこと
なんでしょうか??
そして日清戦争は朝鮮であったのでしょうか?(場所)

NO.1 ed 11/24(月) 17:55 IP:122.20.152.140 削除依頼
あと,,
板垣退助(自由党)
大隈重信(立憲改進党)
はライバルだったんですか??

と,教科書に
[日清戦争後に韓国統監府をおいた]
とあったのですがその後
[朝鮮統監府]
に変わっていました.....
なぜなんでしょうか???

変な事を聞いてすみません...
先生とかに聞きずらくて(._.*)
具体的に教えてくれるとうれしいです(ノ_・。)

NO.2 qああ 11/25(火) 18:00 IP:122.20.152.140 削除依頼
お願いします!!

NO.3 なお 11/25(火) 18:41 IP:219.192.249.221 削除依頼
私もよくわからないのですが・・・

日本と清は、もともと勢力争いをしていたんです。
  日本→朝鮮を独立させたい
  清→朝鮮を支配したい

で、朝鮮国内では、
親日派と親中派に分かれて、対立しました。
それが原因で国内が混乱してしまって
甲午農民戦争が起きました。
そして、これを機に日本と清は朝鮮に出兵し、
日清戦争がはじまりました。

私の教科書にはこう書いてありました。
ここまでくれば、戦争した理由も分かるかと思います。

これ以上詳しくは知りません、、、



NO.4 11/25(火) 22:52 IP:60.34.146.243 削除依頼
明治維新後、列強の仲間入りをしたかった日本は、列強と同じように帝国主義の道を歩みます。
そこで、日本は近くて小国の朝鮮に目をつけたわけです。
朝鮮を独立させたかったのは、清と朝鮮の関係を絶って、日本が直接朝鮮を支配するためです。
甲午農民戦争で出兵したのは、仮に日本がこの紛争を鎮圧すれば、日本は今後の朝鮮との交渉を有利に進めていけるからです。
日朝修好条規の締結以来、関係が悪化していた清と日本は朝鮮で衝突、戦争に発展します。
近代的な軍隊を持つ日本は清に圧勝し、その後の日露戦争でも勝利した日本は朝鮮での権益を持つようになります。
日本は、韓国統監府を置き、朝鮮の外交権を奪い、保護国とします。
そして、内政権を奪い軍隊を解散させ、1910年には韓国を併合して、朝鮮総督府(朝鮮統監府ではありません)をおくのです。
ここまでが、日清戦争〜韓国併合までの流れです。
韓国統監府から朝鮮総督府に名前が変わったのは、組織が変わったからです。
韓国統監府は外交権を奪うため、朝鮮総督府は朝鮮を支配するための官庁です。

大隈重信と伊藤博文について、大隈重信は、早期国会開設を主張したり、開拓使払い下げ事件を批判して伊藤博文と対立したりしていたため、伊藤博文に罷免されました。
まあ、国会開設の後、外務大臣としてまた政府に戻るんですけどね(その後内閣総理大臣にもなっています)。

NO.5 エアメサイア 11/26(水) 15:54 IP:61.215.244.36 削除依頼
最大の鍵は「朝鮮半島はどこにあるか。」
これが分かったら謎は意外とすっきりします。

日本は元々資源があまりない国です。(地理でも習うと思います。)その上国土が狭いと来ました。
そこで日本は大陸という広大な土地と資源のあるところを狙おうとします。
で、朝鮮半島ってのは日本から一番近い大陸、ユーラシア大陸の半島ですから、大陸進出に有利なわけです。だから、なんとしてでもほしいと思うようになります。

で、朝鮮半島は日本が明治維新の時期に入っていった頃はまだ清(中国)の子分みたいなものでした。
日本はそこでまずは「親分と同じ立場でないと交渉ができない!」と考えて「日清修好条規」という清と対等な立場での条約を結びました。
その後に日本は江華島事件をきっかけとして「日朝修好条規」というのを結んで日本が上、朝鮮は下という不平等条約を結んだのです。

さあ、こっからややこしくなります。
清のメンツと、日本の意地の戦いです。
この条約には「朝鮮は自立の国」ということが書かれています。
これが大もめになる原因です。
先ほど、朝鮮は清の子分ということをいいましたが、これが「自立の国」ならば、独立国というとらえ方もできます。子分という立場でも結構自由にこの頃はやれていたので、このあたりの扱いがややこしくなっていったんです。
従来通り朝鮮を子分にしたい清VS独立をさせて何らかの形で支配下に置きたい日本
こういう構図ができあがったのです。

さあ、もめにもめて、他にもいろんな条約を結びます(これが大きな鍵となるのですが中学校ではどうでもいいのでカット。)

NO.6 エアメサイア 11/26(水) 15:55 IP:61.215.244.36 削除依頼
そんなときに朝鮮半島で大事件が起こります。
甲午農民戦争です。最初は清に「すみません、軍隊お願いします」と頼むわけです。で、清はOKするんですが、朝鮮半島に軍隊を派遣するときはちゃんと日本にお知らせするというルール(天津条約)があったので伝えます。
で、日本は「こりゃ、やばいぞ!」となって、別に結んであった「朝鮮半島がやばいときには軍隊を派遣してもOK」というルール(済物浦条約)ってのをつかい、軍を送り込みます。
さあ、単純に考えて、早く押さえ込めた方が勝ち=朝鮮の力を握れる訳ですから両者、メンツのかかった試合です。で、なんだかんだで引き分けに終わったのですが、お互いまだ、意地の張り合いをして結局戦争=日清戦争となったわけです。
で、舞台はその朝鮮半島。
勝ったのは近代的な軍備だった日本です。
さて、勝ったのですから朝鮮半島の支配権がもらえる!よっしゃ!というわけではないんです。
まず、清には独立国だと納得させます。つまり、子分じゃないって事です。
で、朝鮮に対しては反乱を抑えられたのは日本のおかげということでさらに強気になります。
で、朝鮮を子分に日本がしたのです。(このときの朝鮮は保護国という立場です。)
ほとんど日本の言いなりで、外交権も、お役人の任命権もほとんどが日本の手に渡ることとなるのです。
そして、あくまで大韓帝国ですから韓国統監府となっていたんです。
そして、韓国併合。もう国ではありません。日本の中の一地域という扱いですので朝鮮総督府と名を変えたのです。

その二人はライバルといったらライバルです。
なにせ、政策が違うんでね。でも、最終的にこの二人は同じ政党になって政権も運営するようになったんですよ。

NO.7 qああ 11/26(水) 17:54 IP:122.20.152.140 削除依頼
なおサン
一番にコメ有り難うございます!!

4サン
日本も帝国主義だったんですか〜!!
有り難うございます★

エアメサイアサン
詳しく有り難うございます★
書き方とかでよく分かりました.
ホントありがとうございます!!

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